在原業平の墓(マキノ在原集落)

Posted 2018-6-13

湖西

平安時代の歌人「在原業平」が晩年を過ごした集落に立つ業平の墓

2018年5月、藁葺き屋根が軒を連ねる集落で知られている「マキノ在原集落」を訪れました。

国道161号線を北上、接続する県道533号線の峠道が「マキノ在原集落」へと続きます。

湖西の山村集落である在原集落は、茅葺民家と美しい田園風景に加えて、平安時代の歌人「在原業平」が晩年を過ごした地としても知られています。

在原業平の墓

在原業平(ありわらのなりひら)は、平安時代の貴族・歌人で、有名な和歌「ちはやぶる・・・」は、百人一首にも選ばれている。

ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは

『古今和歌集』

在原集落の案内図。「ちはやぶる・・・」に出てくる「竜田川」は、在原に流れる「竜田川」のことではないそうです。この和歌が有名だったのと、業平の墓があるということで、集落内に流れている川を「竜田川」と呼ぶようになったそうです。

案内図と、村のお婆さんに道順を聞いて、業平のお墓探しを行います。

集落を通る県道533号線沿いに「在原業平の墓」の看板まで難なく辿り着きます。

看板の矢印に従って、あぜ道を木々の方に向かって進みます。

すると、また看板が。

看板の近くに道順を記す案内地図が。

看板の矢印の方に伸びる道を進んでいくと、ありました!これが、平安時代の歌人「在原業平」の墓です。

もう少し進んでいくと、一ヶ谷地蔵(業平の一ノ弟子)との標が。業平の晩年は、この地で弟子も一緒だったんですかね。

しかしながら、平安時代の有名な歌人として活躍し、天皇にも仕えていたという業平が、どうしてこのような僻地を選んで晩年を過ごしたのでしょうか。

この地が「在原集落」と名づけられているのは、業平がこの地で最期を過ごしたという言い伝えを由来にしているのは確かだと思いますが、1000年以上も昔のことですからね。

しかし、何百年もの長きに渡って「伝説」として集落に語り伝えられているのは事実であり、古より語り継いできた人々の想いを想像しながら、この地の田園風景を眺めるとより感慨深い気持ちになります。

お墓に手を合わせてお祈りし、今回のマキノ在原集落巡りは終わりです。今回は集落の山側の方を回り切れなかったのですが、多くの茅葺の集落が残るのは山側の方だったようで悔いが残りました。

近いうちにもう一度訪れたいと思います。

 

 

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藁葺き屋根が軒を連ねる秘境の集落「在原集落」

日吉神社(マキノ在原)

在原業平の墓(マキノ在原集落)

マキノ白谷温泉八王子荘

 

 

在原業平の墓

滋賀県高島市マキノ町在原

 

 

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FIND OUT管理人

滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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