崇福寺跡(防空壕)

Posted 2018-9-17

大津

「大津空」の兵士が掘った防空壕が遺る崇福寺跡

飛鳥時代後期から室町時代にかけて存在した崇福寺(すうふくじ)の寺跡が、比叡山南麓、大津市滋賀里の3つの尾根上に遺っています。668年に天智天皇により建立された崇福寺は、延暦年間に十大寺に選ばれるまで栄えたが、室町時代に廃寺となった。現在の寺跡は、国の史跡と歴史的風土特別保存地区に指定されている。
崇福寺跡には、昭和20年に大津海軍航空隊によって掘られた防空壕が遺っています。7~8本ある防空壕のうちの2本はトンネルのように繋がっています。

 

崇福寺跡訪問記

 

2018年の夏、大津の戦争遺構巡りで、大戦時に掘られた防空壕が遺るという崇福寺跡地を訪れました。滋賀県大津市の高砂町から滋賀里町へと道が続いており、2~3台の車が停められる駐車場まで車で行くことが出来ます。崇福寺跡の近くには、「志賀の大仏(しがのおぼとけ)」と「百穴古墳群」があります。

 

駐車場に車を停めて、崇福寺跡地へ続く登山道を上ります。

 

登山道の途中に、「志賀の大仏」の大仏様が座っておられます。とても優しいお顔をされていました。

 

崇福寺には、3つの尾根に主要建物跡が存在します。北尾根の金堂(弥勒堂)、講堂、中尾根の小金堂、三重塔が崇福寺の遺跡であり、南尾根の建物跡は、梵釈寺の遺跡であると考えられています。「崇福寺旧址」の石碑が建てられている南尾根(梵釈寺跡)の金堂跡を目指します。

 

登山道から石段を上ったところに、緑の木々で覆われた美しい光景が現れました。南尾根(梵釈寺跡)の金堂跡です。

 

「崇福寺旧址」の石碑が佇むように建っていました。

 

歴史的風土特別保存地区に指定されている崇福寺跡。

 

残念ながら、崇福寺跡地を説明する看板には、防空壕に関する記述は何も書かれておらず、見つけることができませんでした。

 

後日、調べたところ、防空壕の入口は、最初に通った志賀大仏南側の山林付近と崇福寺講堂跡の反対側の道沿いに遺っているそうです。

 

 

崇福寺跡
所在地:大津市滋賀里町甲
アクセス:公共交通機関 京阪電鉄/石山坂本線 「滋賀里駅」下車徒歩20分 JR湖西線 「唐崎駅」下車徒歩40分、車 西大津BP「皇子山IC」
問合せ:大津市歴史博物館 TEL 077-521-2100

 

 

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FIND OUT管理人

滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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