余呉奥川並集落(昭和44年廃村)

Posted 2017-10-19

湖北

奥川並(おっこうなみ)集落(昭和44年廃村)

奥川並集落は、昭和44年の集団離村により廃村となった。集団離村に至った理由として、自然環境の厳しさに加えて、主要産業だった製炭業が衰退したためと言われている。余呉の廃村集落群の中でも、山間部の最奥地にあり、冬季には3mを超す豪雪により遮断される極限の自然環境に置かれていたようである。かつて、奥川並には丹生小学校の分校が存在した。廃村になってから半世紀近く経ち、現在では、この地に立ち入ることはかなり困難になっているようである。

 

離村から5年ほど経過した奥川並集落の様子を撮影(出典:高時川ダム建設地域民俗文化財調査報告書)

 

昭和44年に全戸離村した際の丹生小学校分校の教室に残された寄せ書き(出典:高時川ダム建設地域民俗文化財調査報告書)

 

 

 

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FIND OUT管理人

滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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