米原蒸気機関車避難壕

Posted 2019-8-19

湖北

戦争が残した二つの洞窟「米原蒸気機関車避難壕」

北陸線と東海道本線の接続駅(米原駅)がある米原には、太平洋戦争末期、東海道本線と北陸線の列車を牽引する蒸気機関車を、連合国軍の空爆から守るために掘られた「米原蒸気機関車避難壕」跡があります。「米原蒸気機関車避難壕」は、2つの洞窟(左側は奥行52mで途中行き止まり、右側は130mを貫通)からなり、大戦中に作業員が手作業で挑んだ難工事でしたが、防空壕が完成する前に終戦になった経緯があります。現在は、戦争の悲惨さを伝えるための戦争遺跡として保存、整備されています。

 

米原蒸気機関車避難壕訪問記(2019年8月)

2019年夏の戦争遺構巡りは、米原に遺る「蒸気機関車避難壕」です。お盆休みを利用して猛暑の中を訪問してきました。米原市の岩脇にある岩脇山に遺構はありました。

善光堂というお寺の傍らに、「蒸気機関車避難壕」は戦争遺構として保存管理されています。資料館もあり、観光で訪れる方もちょこちょこいるようです。公民館にある駐車場に車と停めてお寺と遺構巡りができます。

 

「蒸気機関車避難壕」が遺る岩脇地区は、古くから「岩脇真綿」として知られる真綿生産で栄えていたようです。

 

「蒸気機関車避難壕」は、岩脇山を掘り抜いて造られています。壕は二つあり、一つは50mほどで行き止まりになっています。もう一つの壕は、山を掘り抜かれており、反対側の出口まで通じています。

 

蒸気機関車を守るための避難壕とのことですが、入口の大きさからして、とても機関車が入れるような大きさではなかった。戦時中に掘削に着手したが、戦争終結で未完に終わったということです。

 

こちらは山の反対側まで通じている壕です。時間帯によって壕内に明かりが灯りますが、この時は消灯しており、スマホのライトをつけて中を歩きました。天井が低い箇所があるので注意が必要です。

 

台風が去った後だったので、雨の影響で出口付近に水が溜まっています。壁側に設置されているコンクリートの通路を通ることで、水溜まりを回避できます。

 

反対側の出口です。

 

壕の近くにはJR線(東海道本線)が通っており、完成していたら本線から線路が壕まで敷かれていたんでしょうね。

 

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FIND OUT管理人

滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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