大津空襲

Posted 2017-10-19

大津

滋賀県下最大の空襲、大津空襲

大津空襲(おおつくうしゅう)とは、第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)7月24日・7月30日にかけてアメリカ軍により行われた滋賀県大津市に対する空襲(戦略爆撃)のことです。B-29による爆撃を上記の2日間受けました。

【空襲被害】

  • 昭和20年7月24日 東洋レーヨン石山工場 (現・東レ)が爆撃され、死者16名・負傷者104名を出した。
  • 昭和20年7月30日 大津陸軍少年飛行兵学校が爆撃されて死者1名、滋賀海軍航空隊基地も爆撃された。

昭和20年7月24日午前7時47分、大津の東洋レーヨン石山工場へB29による爆弾投下がなされました。投下された爆弾は、「パンプキン爆弾」といわれる原爆投下の訓練用模擬爆弾でした。当時、アメリカ軍は東洋レーヨン石山工場を軍事工場だとして攻撃したそうですが、犠牲になったのは民間人でした。県下最大の空襲被害を受けた事実にもかかわらず、現在の東レ工場では、爆撃を受けた記録がほとんど残されておらず、慰霊碑も立っていないそうです。また、同年7月30日には、大津陸軍少年飛行兵学校と滋賀海軍航空隊が空襲を受け、大津陸軍少年飛行兵学校で女性一人が犠牲になっています。犠牲になった女性は結婚目前だったそうです。

 

1948年(昭和23年)の東洋レーヨン石山工場 (現・東レ)

 

1946年(昭和21年)の大津陸軍少年飛行兵学校(現・大津市立市民文化会館)

 

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FIND OUT管理人

滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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