余呉集落巡り【中之郷駅跡】

Posted 2017-11-6

湖北

かつて旧北陸本線で重要な役割を果たした中之郷駅の廃駅跡

中之郷駅(なかのごうえき)は、余呉町中之郷にある旧北陸本線(晩年は柳ヶ瀬線)に属していた駅ですが、既に廃駅になっており、現在は廃駅跡地が、今は存在しない旧北陸本線の遺構としてひっそりと存在しています。中之郷駅は、かつて長浜駅から金ヶ崎(現在の敦賀港駅)に延伸された北陸本線に設置され、当時は柳ヶ瀬越えの山岳路線を控え、補機付け替えの駅のためすべての列車が停車する重要な駅としてその役割を担った駅でしたが、北陸本線の付け替えで柳ヶ瀬線という支線に格下げされると、営業係数の悪化から7年ともたず廃線になってしまったそうです。

旧北陸本線は、明治15年に滋賀県の長浜と柳ケ瀬間に開通した鉄道路線が、同17年に福井県の金ヶ崎(現在の敦賀港駅)に延伸された路線です。その後、昭和32年に木ノ本・敦賀間線路に付替えされ、これが現在、長浜と敦賀間を運行している北陸本線です。

昭和32年に、北陸本線が木ノ本・敦賀間線路に付替えされたことで、旧線は柳ヶ瀬線という支線に格下げされました。当時、滋賀福井間の物資の重要な運搬路線として位置づけられていた北陸本線ですが、格下げされた柳ヶ瀬線においては貨物が運行されなくなり営業収支が悪化、次第に利用客も減り、柳ヶ瀬線は昭和39年に廃線となりました。廃線となった柳ヶ瀬線には、かつて「中之郷駅」「柳ケ瀬駅」「雁ヶ谷駅」「刀根駅」という駅が存在しました。

 

1日がかりで挑んだ余呉の集落巡り、前半は県道285号線沿いにある3つの集落(下丹生・上丹生・菅並)を探索しました。後半は北国街道に戻り、国道365号線沿いにある3つの集落(柳ケ瀬・椿坂・中河内)を探索します。これらの集落がある国道365号線の北国街道は、廃線となった旧北陸本線(柳ケ瀬線)の路線区間でもあったのです。旧北陸本線(柳ケ瀬線)に存在した廃駅探索も兼ねて集落を探索してまいります。

 

昭和39年に廃線となった旧北陸本線(柳ケ瀬線)に設置された中之郷駅の跡地を訪れました。中之郷駅が活躍した時代の最盛期には、ホームは複合式の2面9線だったそうで、かなり大きな駅だったことが想像できます。上記の駅標はレプリカです。いまある中之郷駅跡は、かつてのプラットホームらしき一部分に駅の標識と石碑があり、石碑の後ろには国旗が掲揚されていました。

 

駅の標識がなければ、これが駅跡とは想像できない、駅の面影はありません。

 

駅跡地には石碑が・・・

 

後ろには国旗が掲揚されています。

 

なぜ、石碑と国旗があるんだろうと思いましたが、これを見てわかりました。

 

中之郷駅が栄えていた時代は明治から昭和にかけて、日本が戦争に突き進んでいた時代です。当時、ここにあったプラットホームから多くの若者が戦地へと出征していき、戦火に命を落としてこのホームに無言の帰還をされました。戦争で命を落とした人たちを慰霊するためです。

 

廃線となってしまいましたが、かつては近畿と北陸を結ぶ重要な路線の役割を担っていた旧北陸本線は、当時の日本経済の一端を支えていたのです。

 

さて、中之郷駅跡を見学した後は、国道365号線の北国街道を北上していきます。最初に目指す柳ヶ瀬集落には、旧北陸本線の「柳ケ瀬駅」「雁ヶ谷駅」の廃駅跡が残っているという情報もあります。集落を探索しつつ駅跡も探してみたいと思います。

 

 

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滋賀県出身。大阪でインターネット広告やWEBマーケティングを扱う会社を経営。管理人自らが滋賀県の集落や廃村、地域に根差した神社・仏閣、戦争遺構などを現地調査を通じて紹介しています。

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